信条は基本的に「事なかれ主義」である。
上から撃沈命令の出された海賊船以外とのドンパチは出来るだけ避けたいし、任務外の不必要な 捕縛も手続きが恐ろしく面倒であるのでわざわざしようとは思わない。 休暇中に至ってはたとえ目の前を賞金首が通ろうが一切関与しないというのが 自分の中で暗黙の了解となっている。1年間に幾日取れるとも 分からない貴重な休暇がそのせいでパアになるのはなんとも忍びないからだ。 「誰かその食い逃げ犯を捕まえてくれ!」 だからそんな叫びが耳に入ったところでは堂々とその「食い逃げ犯」に道を譲っただろう。 誰も弱冠20歳前後の彼女がまさか海軍本部少佐であるなどとは思いも 寄らないだろうし、両腕に抱え込んでいる休暇3日分の食糧をおじゃんにするのも気が引ける。 被害者の飲食店店員には申し訳ないがこの周辺を管轄する警察なりなんなりに 助けを求めて下さい・そう心の中で呟いたはいいものの「後生ですから誰か! お願いしますそいつを捕まえて下さいいい!」なんて切羽詰った声が間近真後ろまで 迫ってきてるとなると、流石に無視を決め込むのは海兵としてというか人間として どうかと思ってしまった―だからは振り向きざまに一発その「食い逃げ犯」の側頭部辺りに 海軍仕込み渾身の蹴りを入れる。めきめき・と骨の軋む嫌な音、同時にの抱えていたパンや 果物がごろごろと辺りに散った。「っ、痛ェ!」と食い逃げ犯は呻く、さあいますぐ神妙にお縄頂戴、 「...なにしてるの、エース」 いてて、と蹴りが直撃した右頬を押さえるのは見慣れた橙のテンガロンハット。 たったいまが仕留めたばかりの食い逃げ犯は紛れもなく 白ひげ海賊団2番隊隊長「火拳のエース」そのひとであった。 -- 「いやァ、助かった。...ま、ちょっと痛かったけど」 躍起になってエースを縛り上げようとした店員に食い逃げた分の金額を支払ってなんとか 事無きを得たあと(勿論支払ったのはだが、)(店員は訳が分からない・という顔をしていた) 文句のひとつでも言わなければ気の済まないは半ば引っ張るようにして 宿泊先の部屋にエースを連行して行った。 結局食糧は買い直す羽目になるわ余計な出費は嵩むわで今日は厄日に違いない。 手当てしたばかりの右頬を擦りながら部屋のベッドに腰を下ろすエースを見て溜め息。 自然系のくせに大人しく蹴りを受け入れたのにもなんだか腹が立つ。 「あのね、休暇中じゃなかったら今頃本部に突き出してるわ」 「そりゃ怖ェ。少佐殿があんま仕事熱心じゃなくてよかった」 わはは、と陽気に笑うエースを射殺さんばかりに睨めつけて (別に仕事不熱心なわけではない、貴重な休暇と仕事とを天秤に乗せたら一方に傾いた・それだけの話だ) こんな真昼間からエースと顔を突き合わせている現実に眩暈する。 互いに立場を裏切る者の密会は夜に、それは御伽噺の中でも遥か昔からの 決まり事である。(果たして海賊と海軍なんて前例があるのかは甚だ疑問だが、) 緩くウェーブした黒髪、そばかすだらけの頬、逞しい身体と背中の誇り。 太陽の下で見る彼は、少々眩しかった。 「」 「...なに、」 「いや、久しぶりだなって思ってよ」 その名前を呼ぶのが。ちょいちょい、と手招きされて渋々ベッドの端まで歩み寄ると エースがの腰にぎゅっと抱きついて嬉しそうに言う、「あァ、の匂いだ」なんて 子供みたいに身体を摺り寄せてくるものだから、ああもう許してやろうかな・と思う 自分はつくづくエースに甘い。 「事なかれ主義」とはよく言ったものだ、海賊に惚れる海軍だなんてどうにかしている。 或いは海軍に惚れる海賊も同義か。 「エース、暑苦しい」 「ん、切れ充電中」 「...ほんとばか、」 呆れたと言いつつそのまま屈み込んでちゅ、と無防備なエースの額に口付ける。 弾かれたように顔を上げたエースと見下ろすの視線が交差して「充電できた?」と彼女は 悪戯が成功した時のような表情を浮かべて満足そうに問いかけた。 が、その答えを聞く間もなくエースがの腕を引いて強引に唇を塞ぎにかかる。 ギシ、と二人分の体重を乗せたベッドのスプリングが情けなく軋む音。 酸欠状態でくらくらする頭の中に響いたのはにやりと笑みを浮かべたエースの声で、 「まだ全然足りねェな」 迫る唇を拒めずに、は太陽をも焦がす熱に酔いしれた。 (愚かなのは私と貴方、どっち?) title by : kissmark |