※エース出てきません(けどエース夢と言い張る)
世界の崩壊よ止まれ、 自分はいつ此処へ来たのか、1日前か1週間前か或いはほんの1時間前か。 窓もなく光の届かない静寂は時の流れを狂わせ何十倍・何百倍にも遅く感じさせた。 いっそその感覚のままに時間が進めばいいのに、刻一刻と積み重なる1秒は 確実にタイムリミットへ向けてのカウントダウンを始めている。 止まれ、止まれ、止まれ、時間の経過も世界の崩壊もなにもかも! それだけが望みだった。 張り詰めていなければいまにも意識が飛びそうになる極限状態の中、ばしゃりと 冷たい水が頬を打つ感覚では漸く現実に繋ぎとめられた。 「お、おい!相手は少佐だぞ、」 「構いやしねェよ。大罪人擁護の嫌疑がかかってんだ」 ぽたりぽたりと項垂れた髪から雫が滴って、ああまるで涙のようだ、私は泣くことすらできないのに、と思う。 緩慢な動作で久方振りに上を仰ぐと、海兵帽を被った二人が慄き蔑むような目でを見下ろしていた。 左側の男の手には今し方まで水が注がれていたのであろう透明なグラスが、右側の男の手には此処の牢と 両手首を拘束する為の海楼石の手錠(は能力者でもなんでもないのに、)の鍵束が握られている。 「ったく飯くらい食えってんだよ、」と左側の男がまったく手をつけられていない食事を下げながら ぐちぐちと文句を言う、恐らく此処へ拘置されてから一度も食事を取ろうとしないに苛立ちを募らせて 水を引っ掛けたのだろう。 再び両手に手錠が施され二人分の足音が去っていった頃には、ああせめて風邪だけは 引きませんようにとだけ願ってはゆっくり目を閉じた。 「あらら。それじゃあ容疑を黙認してるようなもんじゃないの」 聞き覚えのある声が耳に届く「...クザンさん、」かつての上司であり師でもある"大将"青キジが 牢越しにの様子を伺っていた。その手には先程右側に居た男が持っていた鍵束と寸分違わぬものが握られている。 何故貴方が此処に、と疑問を問う間もなく青キジがその鍵束を使ってかちゃかちゃと牢の南京錠を開錠しようと しているのだから最早は驚くことも忘れてただ呆然とその様子を見つめていた。 結果として数分の格闘のち「あー駄目だ。どの鍵か分からん、」と青キジは自身の能力を使って いとも容易く南京錠を破壊してしまったのだが。 「ん、まあいいか。釈放ってことで」 火拳のエース公開処刑終了まで貴殿を海軍本部に拘置する―それが 愚かにも「火拳のエース」の減刑を上層部に乞うたに下された処分だった。 当然そうなるものだと分かっていた、寧ろこの程度の罰で済んだことに驚きを隠せないくらいだ。 細かく辿って行けばエースが彼女と頻繁に接触していたことなど簡単に割り出せそうなものなのに。 だからはそれを甘んじて受けた。 彼の苦しみに比べたなら、彼の悲しみに比べたなら。こんなの痛みでもなんでもない。 いっそ終わりが来なければいいと思った。一生この拘置所から出られなくて 構わない、だがもしも釈放の時が来てしまったなら、 「処刑は...執行されたのですか」 その意味は、崩壊。 「どう答えて欲しい?」 「...真実を、」 お願いします。その瞳はが海軍に入隊したての頃クザンに見せたものと変わらなかった。 誠実で精悍な眼差し。 あれからたった数年で海軍将校の階段を瞬く間に駆け上がってきたのだから やはり自分の見る目は間違っていなかった、クザンはの両手首の拘束を解こうと半ば面倒臭そうに 手錠の鍵を探しながら「処刑は一週間後だ、」と 淡々と述べた。え、と思わず漏れたの声とかちゃりと鍵の外れる音。 「まだエース...火拳は生きている?」 「まァ、そういうことになるんじゃない」 「っ、では何故、」 「何かと人手不足なもんでね」 折角育てた優秀な部下をこんなところで持て余すのは勿体無いってわけよ、とクザンは長身を屈めて 一足先に牢から抜け出す。自由になった両手の感触を確かめながら きっとこのひとが情けをかけてくれたのだろう・と思った。 最重要囚人の減刑を申し出たことに対する処罰も、その関係を追及されなかったのも、こうして 選択することを許されたのも。エースが生きている。耳を目を塞ぎたくなる最悪の現状に 僅かばかりの光が見えた。それが照らすのは希望か絶望か、いまのに 先を見通すだけの力はないけれど。 「もしまだ"譲れない正義"ってのが残ってるなら、」 いつだったか「無力は罪だ」ともうひとりの"大将"は言った、その意味がいまなら分かる。 「見届ける義務がお前にはある。俺と一緒に来るか」 「...はい、」 投げ渡された白いコートに躊躇うことなくは袖を通す。背中に掲げる「正義」は誇り。...もう戻れないよ、エース。 会いたいのに会えないくらいなら、会いたくないのに貴方に会いに行くと決めたから。 (愛と正義 何方を取るかなど下らない、) title by : 選択式御題 |