( 081027 )

悲しみのけた日




アリオスという機体が造られた時、一体パイロットは誰になるのだろうと 胸の中で抱いた強い疑問をイアンに訊ねることはできなかった。 ライル・ディランディが新しくロックオンになるという事実を突きつけられてからというもの、アレルヤの居たその場所も 他の誰かに奪われてしまうのでは と怖くてはアリオスの傍らを一時も離れようとはしなかった。 格納庫で眠ると「風邪引いちまうだろ!」といつもならこっ酷く叱るイアンも、黙って毛布をかけてくれていた。 「アレルヤが、生きている」―主人を待っているキュリオスの後継機の傍らで、はその報せを聞いた。 すぐにクルー達がブリーフィングルームに集められ、アレルヤの奪還作戦を決行するという内容が伝えられる。 嬉しくて、安堵して、ぐちゃぐちゃになってひとり泣いているところをティエリアに目撃された。 「仲間なのだから、当然だろう」そんなことを心配していたのか、という彼の言葉にまた救われた。


「...アレルヤ、?」
「なんだい?」
「やっぱりこの体勢は、...無理があると思うんだけど」


座ったアレルヤの膝の上に乗せられて真正面からぎゅう、と抱きしめられたは困ったように眉根を寄せた。 どれほど口を酸っぱくして主張したところでトレミーに帰還してからの彼は寝ている時でさえ自分を離そうとはしない。 「これじゃ切ってあげられないよ、」と連邦に捕まった4年前からまともに手入れしてなかったのであろう 伸び放題になっている彼の髪を切ってあげようと、櫛と鋏を手にしたのだが。「から離れるくらいなら、切らなくていいよ」 と彼はとんでもないことをあっさりと言ってのける。...離れるとは言っても、ただ後ろに回るだけなのだが。 仕方ないので手の届く範囲だけで適当に切り揃え、残りは彼が自分を離してくれる気になってからにしよう と鋏を置く。 ...それが一体いつになるのかは分からないが。ふと、まだ目の下に隈を色濃く残したアレルヤの瞳と目が合う。 金銀のオッドアイ。綺麗な色をしている筈なのに何処かくすんでいるような、そんな印象を受けた。 ぎゅっとアレルヤの首に抱きついて肩口に顔を埋める。「?」訝しむような彼の声の刺激を耳元で感じながら、 の唇から小さな嗚咽が滑り出た。


「ごめん。もっと...もっと、早く助けてあげられればよかった、」


ごめんね、アレルヤ。辛い思いをさせてごめん、ごめんなさいとは華奢な肩を震わせて静かに涙する。短かったの髪は歳月と共に長くなった。 自分はただ祈ってばかりだった4年の間に、彼はどれほどの痛みと苦しみを受け続けていたのだろう。 世界への反逆者として敵軍に拘束され、まともな待遇を受けてきたとは到底思えなかった。 しかしどれだけ理不尽な仕打ちを施されたところで、彼はそれを甘んじて受けただろう。それが自分に科せられた 罪の重さだと思い込んで。世界中の一体誰にこんな優しいひとを捌く権利があるというのか。 (神ですらその権利を有してなどいないというのに、) いまこうして再びアレルヤの温もりを感じることができる奇跡のような確率を、は生まれて初めて神に感謝した。


「いいんだ、。僕は辛くなんてなかったから、」
「嘘。嘘、辛くなかったわけないよ」
「嘘じゃないさ。...それに、もう一度君に出会えた。それだけで僕は幸せだよ」


だから と顔を上げるように促され、涙だのなんだのでぼろぼろになった頬の上をアレルヤの指が撫でた。 「泣き止んで貰えると嬉しいな」「...もう、何処にも行かないって、約束して。置いていかないって、」 「約束する。もう勝手に居なくなったりしないよ、」僕なんかの為に泣いてくれるひとが居ることを知ったからね、と アレルヤが笑う。それから触れるだけの小さな口付けを交わし、真っ赤になった顔を隠すようにがもう一度アレルヤの 胸に顔を押し付けた。とくん、とくんと確かな心音がする。彼は此処に生きている。その事実だけで、いまは満たされた。


「おかえり、...アレルヤ」


2度目のそれにも、彼は嬉しそうに応えてくれた。