「あたしずっと気になってることがあるんですけど、」
その火蓋を切って落としたのは何気ない笠原の一言だった。業務部も防衛部も入り混じる昼間の隊員食堂、珍しく入口で 鉢合わせした堂上班の4人と・柴崎の業務部組で昼食を取っていた時のこと。笠原はそれまで定食に忙しくさせていた 箸を置いて目の前に座る上官3人の表情を伺った。堂上と小牧は既に食事を終え、もストローでパック紅茶を飲んでいる。 「なんだい?」と小牧に続きを促され、笠原はひとつ咳払いをしたあと言葉を繋げた。 「二正って小牧教官のこと下の名前で呼ぶじゃないですか?でもなんで堂上教官のことは苗字で呼ぶのかなって」 一瞬の沈黙。加えて「それあたしも気になってましたー」と間延びした柴崎の言葉が飛んだ。その隣に座る手塚は大して 興味なさそうだったがとりあえず問いの答えを聞く気はあるようだ。 言われてみれば確かにと小牧は「幹久くん」「」、と堂上は「堂上」「」と呼び合っているし、 笠原に問われたあと前者ペアが顔を見合わせたのを柴崎は見逃さなかった。 3人とも図書大学校時代からの同期で、ほぼ同じだけの時間を共有している筈なのに(もしかしたら堂上との方が長いくらい かも知れないのに、)この差は一体なんなんだろうか。どうでも良いようだがなるほど、なかなか気になるところではあった。 「語呂かなんかじゃないのか。特に理由はないだろう」 「うーん。俺たちも気づいたらこうなってました・っていう感じかな」 のパック紅茶が底を尽きる音がして、この話題は「よく分からない」という腑に落ちない結論で終幕かと笠原が思ったその時、 「えー、でも更科二正って昔小牧教官と付き合ってたんですよね?」 笑顔で核爆弾並の発言を投下した柴崎に全員の視線が一斉に集まる。実はさっきのと小牧のアイコンタクトから推測した、 いわばはったりでしかないのだが「うそ!そうなんですかっ!?」と単純な笠原は完全に信じきってしまったらしい。 手塚でさえも驚きを隠せない様子で目を軽く見開き目の前の上官を見比べている。 当の本人たちはポーカーフェイスが得意なだけに動揺は見られないかと思ったが、 問われた瞬間にさっと顔色が変わったのを見て柴崎はそれが事実であることを確信した。 追い討ちだと言わんばかりに「ほら、あたし情報通なんで?」と宣言すると、聡すぎる部下に見抜かれたことを悟ったがやれやれといった表情でやっと口を開いた。 「一体どこでそんな古い情報を仕入れてくるのかなあ、柴崎ちゃんは」 「否定しないってことはやっぱりほんとなんですねー」 「...二正、堂上二正が固まったまま動きませんが」 まさか同期ふたりが下の名前で呼び合っていたことにそんな秘密が隠されていたことを知る由もなかった堂上は (いや、普通に考えて気づいてもおかしくはないのだが、)の肯定を意味する言葉を聞くと声を出す間もなく 石化してしまった。衝撃。驚愕。嫉妬。どれがいまの心情を的確に表現しているのかは堂上自身にもよく分からなかったが、 自分に視線が集まっているのを感じるとなんとか石化状態を振り切った。 「っ、お、俺は初耳だぞ!お前らが付き合ってたことなんか!」 「...あれ、そうだっけ幹久くん」 「まあ付き合ってたって言ってもほんの1,2週間の話だし。堂上鈍いから気づいてなかったのかも」 「え、なんでそんなすぐ別れちゃったんですか?」 「なんか腹の探り合いって言うの、お互い本心曝け出さなくって」 「似た者同士すぎたんだよ俺たち」 「あ、なんとなく分かるかも。小牧教官と二正って結構似てますよね」 「うん。でもやっぱ3人のがいいよね、ってことでスピード破局」 長年連れ添った同期の恋仲話を自分の部下と同時期に初めて聞かされるというのはなんとも複雑な心境だった。 出会った頃からの出来事をざっと走馬灯のように思い浮かべてみたが、ふたりがそのような素振りを見せていた時期は まったくなかったように思える。(本当に自分が鈍いだけなのかもしれないが) いや、それでもやはり隠し事に関して自分がこのふたりに勝てたことなんて一度もなかった。事実、が防衛部から 業務部に転属していたことを知ったのも彼女が異動してから数ヶ月経ったあとだったのだ。 「じゃあ堂上教官の方とは?付き合ってみようとは思わなかったんですかあ?」 「...ちょっと柴崎、あんたずけずけ聞きすぎ」 「いいじゃない、美男美女3人組で色恋沙汰が起こらない方が不思議だわ」 美男美女3人組は君たちでしょうが。部下ふたりから興味津々に見つめられたは少し困ったように眉根を寄せて苦笑した。隣で堂上の視線も感じる。 一度もないと言ったら―嘘になるかな。しかし笠原の動揺したような気配を感じとって、は昔々に抱いていた 淡い感情に再度蓋をした。もう二度と、開くことはないだろう。 「なんていうか。あたし自分より15センチ以上高い人としか付き合わないって決めてるから」 「...悪かったなチビで」 「まあまあ、背が低くても大丈夫って人がきっといるって。ね、郁ちゃん?」 「えっ、あ、いると思います、多分!」 「っ、余計なお世話だ馬鹿!」
複雑パズル
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