( 100217 )



まず最初に思ったのは絶句して立ち竦む君の姿だった、




なんて言ったらそれは余りにも不謹慎だろうか。 真白く無機質な天井と不毛な睨めっこを繰り広げながら、はまるで他人事のように考えた。 規則正しい心電図の音だけが嫌に大きく響いている。 腕には細い点滴管が繋がれ、頭と右足には幾重にも巻かれた白い包帯。 傍から見ればそれだけで十分に重症患者の体たらくだ。

いっそ本当に他人事ならよかったと思う。 意図的に自分が狙われていたのか、それともただの事故だったのか。 迫る大型車、緩まない速度、急ブレーキを踏む甲高い音、鈍い衝撃、のち暗転。 意識が回復したのはそれから3日後、病院だった。




「これじゃいつもと反対だ」


事故現場に残っていた大型車のタイヤ痕は良化隊所属のものだったと聞かされた。 丁度と言うべきか否か、は迂闊にも独りで検閲対象書籍の運搬任務を担当していた最中で、 図書隊は事故が故意に引き起こされたものだと主張した。 しかし決定的な証拠が見つからず、結局事件は図書隊と良化隊との対立の溝を更に深めるだけに終わった。 というのが、表向きの概要だ。


「君とあたしの立場がだよ―ああ、差し入れも。有難う、堂上」



医者は無理だと言った。

戦線に復帰すること、防衛部に所属し続けること、本を護ること。 あの大事故で一命を取り留めたのがそもそも確率の低い話だったらしい。 本当は死ぬ筈だった―そう言われて実感など沸くわけがない。現には生きている。 死ぬ筈だった、でも生きている、幸運なことじゃないか、 だから本が守れなくなることくらい我慢しろ?冗談じゃない。きっと君は、堂上は、 そう言うのだろうと思った。




「...業務部への転属を、希望します」


だから最初に思ったのは絶句して立ち竦む君の姿だったよ、堂上。









「元気そうだな。3日も死線を彷徨ってた人間の口ぶりとは思えん」
「この程度でいちいち死んであげらんないよ。良化隊には悪いけどさ」
「死なれても困る。お前の仕事何人で回してると思ってるんだ、」


さっさと戻って来い。




「もちろん」


上手く笑うのは得意だった。は笑う。乾いた笑い声。 もし此処に自分によく似たもうひとりの同期が居たら容易く見破られそうな程それは酷い出来。 それでも、堂上を欺くには十分。―そう思ったのに、きっとこの男は本能で 何かを嗅ぎ取る能力に長けているのだろう。 あくまで自然を装って「なに?」と頭の上に乗せられた掌の意味を問いかける。 そうすれば今度は堂上が窮する番だ。 何か違和感を感じても、その正体が分からない。故に本能的な行動に意味は、無い。


「いや、...何でもない。悪かった」
「すぐ治すから待ってて。お願い、」


分かった、と堂上は言った気がする。後ろを向いていたからよく分からない。或いは視界がほんの少し ぼやけていたからか。


「......堂上」


あたしは戦えないんだ、


そう告げるのはもう少しあとでいい。 背負い込みがちで小柄な同期の肩に、重荷を乗せるような真似はしたくないというのは言い訳。 本当は自分でそれを認めてしまうのが怖かった。 あたしは戦えないから、代わりに君が戦って本を護って―いつか君にその言葉を託す日が必ず来るのに。




「特殊部隊の召集には、間に合うんだろう」


業務部への転属を希望します―そう言った時の上層部の人間の悲愴な顔を思い出して、はもう一度笑った。




「もちろん」


...今度はちゃんと、笑えた気がした。



ック・バイ