連れて行って欲しいところがある・と頼んだら、行き先も告げていないのに彼はアイルランドの故郷まで自分を送り届けてくれた。
ケルディムを降りて、途中の花屋で白い花を買って、車に乗り込んであの灰色の十字が個々に立ち並ぶ墓地へと向かう。
年に2度だけはこの国を訪れることにしていた。彼の命日と―彼の、誕生日。それ以上は未だ心が揺らいでしまう。
今日は後者。最愛の彼が生まれた日でもあり、彼と瓜二つの容貌を持つ男が生まれた日でもある。
見慣れた墓地の中をまっすぐに、あの場所へ歩を進める。
自分の後ろを歩く男は終始何も言わなかったし、も到底何かを話す気にはなれなかった。
「お誕生日おめでとう、ニール」 手にした花を添え、が墓碑に言葉を掛ける。勿論彼が此処に眠っていないことは分かっていた。 あの爆破に巻き込まれて亡骸が戻ってくる筈がない。それでもこの場所を訪れずにはいられなかった。 彼が自分に目に見える形で遺したものは、あまりに少なすぎたから。暫しの語らいを終え、しゃがみ込んでいたは 「...有難う、」と肩越しにその男に礼を述べた。ああ、と短く返事をしたライルは 兄の名が刻まれた墓碑を見つめ、そして踵を返して来た道をと共に戻っていった。 「...怒ってるのかと、思ったよ」 「まあ、自分の誕生日に先に他の男を祝われたら多少は・な」 車を運転するライルの隣で、過ぎて行く景色に目を遣りながら「ごめん、」と申し訳なさそうにが呟く。 朝早くから慣れない服装に四苦八苦していたせいか、既に瞼が重くなりつつあるのを感じていた。 身体を丸ごと助手席に預ける体勢を取って「でも、ついて来てくれるとは思わなかった」と 思ったことをそのまま口に出してみる。ラジオからは空気にそぐわない軽快なポップスが流れ、 早く終わればいいのにとの言葉を受けたライルは心の底からそれを願った。 「なんだ、そんな冷血漢に見えるのか?俺は」 「そうじゃないよ。違うけど、ただ」 「分かってる。だけど兄さんが居なかったら俺はあんたに会えなかった」 そっか、と答えては目を閉じた。ニールが居なかったら自分はライルに会えなかった。その通りだ、とは思う。 ライルに巡り合わせてくれたのはニールだ。ニールが、死んでしまったから。 そう考えるととても複雑で、出口の見えない迷路に逃げ込んだような感覚に陥る。 ニールが生きていたらライルと出会うことはきっとなかった。 こんな重く塞ぎこんだ気持ちを半永久的に抱えて、いつまでもライルに背を向けながら 助手席で小さく丸まっていることもなかったかも知れない。 「わたし、この先も多分ずっと貴方と向き合えない」 「...いいさ。そうやってても隣に居るってちゃんと分かってんだろ」 「ライルもすきなひと作ればいいのに」 「気が向いたらな。それまではあんたの面倒でも見といてやるよ」 信号が赤に変わり、車が徐々にスピードを落としていく。ラジオから流れる曲も止んだ。 そういえば今日は3月3日だったんだな。当たり前すぎる事実を睡魔と戦う頭の中にぼんやりと描いて、 「誕生日おめでとう」と呟いてみる。誰に宛てるでもない祝福。 誰が返事をしたのか、信号がいつ青に変わったのか、その言葉のあとのことをはなにも覚えていない。 ただ目が醒めたら既にパイロットスーツに着替え終えたライルにヘルメットを投げ渡されて、 ケルディムのコックピットに詰め込まれて、そしてトレミーへと帰還する間、ライルが少しだけ微笑んだように見えた。
背中合わせに繋いだ手
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