真夜中24時をとうに過ぎた頃、オートロックの扉を遠慮がちにノックする音が消灯後の
トレミーの廊下に小さく響き渡った。...どうか。どうかまだ起きてますように―ただそれだけを祈って一刻も早く
彼が現れてくれるのを待つ。永遠よりもずっと長く感じられた数秒のち部屋の中から顔を出したロックオンは、
水を被ったようにびしょびしょに濡れた髪で佇むの姿を見て「...どうしたんだ?」と思わず目を丸くして問いかけた。
「ごめん急に、その...シャワーが」 「シャワーが?」 「水しか出なくなっちゃって、」 流石に夜分遅くの訪問は気が引けたのか申し訳なさそうにが呟く。こんなことなら 「あまりのめり込み過ぎるなよ、」というイアンの忠告を素直に聞いて早々に整備を切り上げておけばよかった、と 今更ながら後悔する。4機分のプログラミングチェックを終えて部屋に戻り、シャワーを浴びようと蛇口を捻ると 水しか出ないという有様だ。いっそこのまま寝てしまおうかとも思ったが それでは流石に風邪を引く。仕方なくクリスかフェルトの部屋でシャワーを貸して貰おう・そう思い トレミー内を歩くが、よく考えるとこんな時間にまだあのふたりが起きているとは到底思えない。 わざわざ起こすのも...と困り果てていた矢先僅かだがロックオンの部屋から明かりが漏れているのに気がついた。 それから数分ほど部屋の前で逡巡していたのは秘密だ。いくら気心が知れているとは言え、男性クルーの部屋で シャワーを借りるのには相当の思い切りが必要だった。 「...借りたらすぐに出てくからシャワー貸して下さい、っ」 「はは、まあそう遠慮しなさんな。ゆっくり暖まってこいよ」 嫌な顔ひとつせずに浴室に案内してくれたロックオンを選んで正解だったのかもしれない。はほっと緊張で 強張った胸を撫で下ろした。アレルヤなら変に意識されても困るし、 ティエリアならあからさまに迷惑そうな顔を浮かべるに違いないし、刹那なら...多分、もう寝ているだろう。 ができるだけ早く、それでいて風邪を引かない程度に温まっている間もロックオンは ベッドに座って本に読み耽っていた。それから数分、シャワーを浴び終えさっぱりとしたは 「助かりました、有難う御座いました!」と敬礼でも残していくんじゃないかという勢いで礼を述べて 部屋を去ろうと急ぎ足で扉へ向かう。が、「...ちょっと待った、」というロックオンの制止の声に ぴたりと足が止まった。 「な、なに?」 「髪。乾かさないと折角暖まったのに風邪引くぞ。ほら、此処座っとけ」 「いやでも、いつも乾かさないしこれ以上迷惑かけるわけには...」 とが最後まで言い終わらないうちにロックオンはドライヤーを取りに洗面所へ消えた。...どうしよう。 ここで勝手に帰ったりしたらいくらロックオンでも気を悪くしてしまうだろう。だからといってこの 気恥ずかしさはどうしようもない、ああやっぱり無理言ってもクリスかフェルトに借りるんだった!しかし 後悔も時も既に遅し。勇気を出してベッドの傍まで歩み寄るが、どうしてもそこに腰掛けることができない― なにを意識してるんだろう、私は。とりあえずベッドの下の床に腰を下ろしてみる。ドライヤーを手にして 戻ってきたロックオンが色んな意味でがちがちなを見て思わず吹き出した。 「そんな縮こまられてると、何か悪いことした気分だ」 「...え、ごめん別にそんなつもりは、」 「冗談さ。ただし、あんまりそーいう顔はしない方がいいかもな」 男ならなにかしたくなってくる、と耳元でロックオンに小さく囁かれたは元々紅潮していた頬を 耳まで真っ赤にさせて俯いた。昔から宇宙工学だの医学だのに没頭していたせいか―こういうことに免疫がなくて困る。 いまのロックオンの発言が冗談なのかどうなのかの判断もつかないまま、またそれを問い質す間もなく 発言権をドライヤーの騒音に丸ごと持っていかれてしまった。細くて長い狙撃手独特の指がの髪の上を滑っていく。 いつも彼の掌を覆っている手袋が投げ出されているのを視界の端に捉えた。 たったそれだけのことなのに純粋に嬉しく、また無遠慮でないその指先に触れられているのが素直に気持ち良いと感じられた。 途端、瞼が急に重くなる。少しだけ...そう思って意識を手離したのがいけなかったのだ。 「―ロックオン、朝食後ブリーフィングに集まってってスメラギさんが...っ、わ、ごめん!」 早朝にロックオンを訊ねてきたアレルヤの声で目が醒めたは、自分の隣で眠る男を見て 何故彼が逃げるようにして部屋を去っていったのかを知ることになった。(待って、アレルヤそれ誤解!)
夜に一雫
|