降り始めの雨が気に掛かり、何度も窓の外を覗いた。
ぽつりぽつりと重みに耐え切れなくなった雲が雫を落として、空は夜に包まれていく。
夏の匂いがする―そんなことを考えていると、差し出された手を躊躇いがちに取った
あの娘の後ろ姿が浮かんだ。照れたように微笑んで、俯き加減のまま、少しだけ
距離を取ってあのひとの後ろを歩く。今日、きっと花火は上がらない。
「こんな時間に――散歩か」 傘を差し掛けたところで、後ろから声がした。 「ほんと、一くんてば鼻が利くよね」 「...身体に障る。やめておけ」 「それ、まるで僕が重病人みたい」 みたい、ではなくて事実なのだけれど―と沖田は自嘲気味に笑う。 雨の日は湿度が高いせいか少しだけ呼吸が苦しかった。 けほ、けほ、と咳き込んでいる最中にも、雨足は段々酷くなる。 うっかり足元の水溜りに嵌りでもしたら、折角綺麗に御粧しして出掛けて行ったあの娘は びしょびしょの着物で帰ってくる羽目になってしまう。それは、あまりに可哀そうだ。 「...時間がないんだ。もうあと何回も、」 あの娘を迎えに行ってはやれないだろうから。 雨だというのに、祇園はまだまだ人で溢れ返っていた。逸れてなければいいけど、と 淡い期待を抱くが嫌な予感というのは悉く当たるものだ。なるべく足早に人が雨宿り出来そうな軒先を見て回る。 あの娘は―は生まれた時には既に目が見えなくなっていたから、沖田の姿を見つけて声を上げるようなことはしない。 「...見つけた、」 だからいつだって、あの娘を探し出すのは自分の役目だった。 「......総司、くん?」 「探したよ。左之さんは、」 「あ...逸れちゃって」 人混みの中で心細そうに身を竦ませていたを引き寄せて、雨に濡れた頬を拭ってやる。 彼女が少しだけ安堵の表情を浮かべた。まったく酷いよね、左之さんも―外れてしまった 硝子の簪をぎゅっと握り締めながら遠慮がちに自分の袖を掴むその小さな手に、しっかり指を絡ませて繋ぐ。 「わたしが連れてきて欲しいって、無理に頼んだから」 「じゃあ逸れたら駄目じゃない。ちゃんとほら、こうやって繋いどかないと」 ね、と繋いだ左手を揺らせばはこくりと小さく頷いた。 そのまま彼女の手を引いて、なるべく人の少ない大通りを歩く。 雨のお陰で提灯は殆ど消えかかっていて、とても花火どころではないのだろうけど、それでも やはり残念だった。は昔からあの花火が弾け散る瞬間の音がとても好きだったから。 「雨、残念だったね」 「うん。...ね、どうして分かったの」 「なにが?」 「わたしがあそこにいる、って」 「左之さんの方がよかったかな」 「そういう意味じゃないよ、もう」 ただ、総司くんはいつもわたしを見つけてくれるから。 入京してきた時、迷子になった時、隠れんぼをした時、初めて出会った時。 わたしを拾って名付けてくれたのは近藤さんだったけど、一番最初に 見つけてくれたのは、総司くんだったよ。 「...忘れちゃったなあ、そんな昔のこと」 「わたしが覚えてるからいいの。ありがとう」 これからもよろしくね、なんて調子の良いことばかりを並べる唇を塞いでやれたらどれだけよかっただろう。 それが叶わないと知ったのはいつからだったか。 せめて繋がった左手だけをぎゅっと握り締めて冗談のひとつでも返せればよかったのに、よく 滑る筈のこの舌は、こんな時に限ってなにも言えなかった。 「......屯所、帰ろうか」 まして全部覚えてるだなんて、そんなこと。 「総司くん、」 「ん、なに」 「肩、濡れちゃうよ」 見えないのに、よく見てる。いや、見えないからよく知っていると言うべきだった。 沖田は雨に濡れた右肩を眇めて苦笑する。「が僕にくっついてたら平気だよ」と 彼女を半ば強引に抱き寄せて、ぴったりと寄り添ったままひとつの傘の中で雨を凌ぐ。夏の匂い。 ぽつり、ぽつり、ぱらぱら。雨を弾く音だけが嫌に響いた。 (...君の幸せを願ってるよ、) 親愛なる次女ことろっせへ相互記念を筆頭に諸々を含めて捧げます!← |