夏休みに帰省してくる我が子を出迎える為に、ロンドンのキングス・クロス駅は
人混みで溢れかえっていた。9番線と10番線の間のプラットホームに到着するホグワーツ特急を
待つほとんどの人々は魔法界に属する者たちで、その中には通常のプラットホームを行き交う
非魔法族の人間に悟られないよう精一杯マグルに扮そうとちぐはぐな服装をしている者や
人目も気にせず山高帽に奇抜な色のローブを身に纏った者が多数見受けられた。
シリウス・ブラックは笑顔で家族と久々の再会を果たす学友たちの間を縫って、 駅を一歩出たところに停まっている黒の高級車へと憂鬱な足取りで歩み寄った。 フロントの部分には純銀製のブラック家の家紋が掲げられており、 白手袋を嵌めた仰々しい態度の運転手が屋敷しもべ妖精のそれのように 恭しくシリウスに一礼を取ってからドアを開けた。 「シリウス坊ちゃま、レギュラス坊ちゃま。お迎えのご用意をさせて頂いております」 振り向くと背後では実弟のレギュラスが何の感慨もなさげに兄の背中を見つめ佇んでいた。 両親が望む「純血主義」を見事に体現している弟は当然の如く スリザリン寮に所属し、グリフィンドール寮のシリウスとはホグワーツ城内でたとえ すれ違ったとしても血の繋がった兄弟にあるような素振りを見せたことは一度もない。 見目麗しい外見だけはどこか似通った点があるようにも思えるが、それ以外は 面白いほどに相反する兄弟であった。 シリウスは運転手に促されるまま車内に乗り込み(拡張呪文がかけられているのか、外から見るより 何倍も広かった)レギュラスがそのあとに続く。 後ろに二人分のトランクが詰められると、車はグリモールド・プレイス十二番地へ向かって緩やかに走り出した。 「久しぶりだね兄さん」 車が発進して五分と経たないうちに隣に座るレギュラスが口を開いた。 スリザリンの弟とまともに言葉を交わすこと事態数ヶ月振りで、シリウスは口を固く閉ざしたまま 目線だけをレギュラスに送る。ただ家に帰るだけだというのにネクタイをきちんと絞めた 窮屈そうな格好の弟を見て成程これが自分の両親の言う「良い息子」かと思うとそれだけで反吐が出そうだった。 「さっきのひと。さんって言うんでしょう?」 涼しげに微笑むレギュラスの言葉に、少し目を細めてシリウスは怪訝そうな表情を浮かべる。 その目は明らかに「どうしてお前が知ってるんだ」と 問いかけていたが、ポーカーフェイスを崩すまいとそうして相手を睨めつけるのが昔からの兄の癖であった。 射抜くような鋭いシリウスの視線を受け流し、レギュラスはほんの数十分前にキングズ・クロス駅で 見かけた後ろ姿を思い出していた。出で立ちの自然さからして共にマグルであろう両親に 素っ気無く連れて行かれた彼女。兄が彼女に心惹かれているのは知っていた。だからこそ、興味がある。 「...だったらなんだ」 「素敵なひとだなあって思ってさ」 偽りはない。グリフィンドールのマグル出身―肩書きだけを見ると名家ブラック家の御曹司とは 全く相容れない存在であるにも関わらず、彼女は確かに人を惹きつける何かを持っていた。 やはり兄弟なのだろうか・とレギュラスはもう一度微笑む。そんな弟を いっそう怪訝そうに睨みつけていたシリウスであったが、やがて口端を軽く吊り上げ 誰にも真似できないようなやり方で(そして彼だからこそ形になるようなやり方で、)厭らしく笑って見せた。 「お前なんかに渡すかよ」 レギュラスはそんな風に挑発的な目で笑う兄をを久しぶりに見た気がした。 「残念だけど、僕は純血の女性にしか興味はないよ」 title by : 選択式御題 |