( 100430 )



「嬢ちゃん、こんな時間に一人は危ないなァ」
「俺らが家まで送ってあげよーか?」


23時、池袋駅西口公園前。

改札を通り抜け、来良学園の制服をその身に纏った少女―はきょろきょろと辺りを見回していた。 日付変更が目前だというのに相変わらず雑多な街の人々の群れ、 その雑踏の中を。あれだけ目立つ人だから、見つからない筈がない。 なのに姿が見えないということはまだ仕事が終わっていないのだろう。 別段それを責めるつもりもなく、は広場の噴水前で男が現れるのを待った。 先に現れたのは、どうやらお呼び出ない男達の方だったのだが。


「...迎えを待っているので結構です」
「遠慮しなくてもイイって、な?」
「(うっとおしいなァ、)...あ、静雄さん!」
「静雄さんねェ......って、平和島静雄!?」


少女が駆け寄った先に金髪バーテン服の男、平和島静雄の存在を認識した男達は さあっ、と血の気が引く音を聞いた。何者だよこの女、とその場に居る全員が思ったのは 言うまでもなく。問題は平和島静雄の額に見事な青筋が刻まれていることにあった。


ああ、これがマジでキレる5秒前。








「...悪ィ、遅くなった」


数人の男達を一瞬で伸したのち、の歩調に合わせて歩く池袋の自動喧嘩人形。 相変わらずでたらめに強い人だなあ、と思いつつも助けて貰ったことに礼を言う。 最初に出逢った時もそうだった。 見ず知らずの人間である筈のを助けてくれた静雄、そして礼を言う暇さえ与えないほど 何かを恐れ、早急にその場から離れようとした広い背中を呼び止めて少女は言った。 「あの、...助けてくれて、有難う御座いました」


「つか、ばっちり絡まれてんじゃねーか。何が"別に何もない"だよ」
「ふ、普段は滅多に無いですし、」
「ほォ?滅多に、ねえ」
「いや、あの、月に2,3回くらい...」


段々と尻すぼみになっていく少女の声を拾いつつ静雄はがくりと項垂れる。 トムさんに言って少女を送る日だけはなにがなんでも23時前には仕事が終わるように して貰おうと、思った。危ないことこの上ない。 先程のは静雄が現れただけで戦意喪失するような凶器のひとつも 持っていない連中だったが、これが色付きのギャング集団だった日には話が別だ。 あーむしゃくしゃする。もう数発殴っておくべきだったか。


「でも、...これからは静雄さんがいるから、平気です」


へらり、とが笑うと身体から自然と苛々靄々が抜けていくのが不思議である。 荒んでいた気持ちが嘘のように、スっとした。 それでも一応危機感は持て。その意味をこめて少女の頭をぽんぽんと 撫でると更に嬉しそうにえへへと破顔するものだから、辺りが暗くて本当に良かった。





の家は池袋駅から歩いて20分程の安アパートの1階(しかも角部屋)だった。 つくづく危ねえなと静雄が頭を悩ませている間にかちゃりと薄い扉を開錠する音が鳴る。 こぢんまりとした、女性の部屋にしてはシンプルな内装の部屋に足を踏み入れれば 否応無く柔らかい匂いが静雄の鼻孔をくすぐる。...くそ、何処ぞの変態か俺は。


「あ、適当に座ってて下さい」


そう言われるのが一番困るのだということをご存知か。

何か手伝うという申し出も「すぐに出来ますから大丈夫ですよ、」とやんわり断られ、 とりあえず床にどかりと腰を下ろして息を吐く。落ち着かない、落ち着くわけがない。 気を静めようと胸ポケットの煙草に手を伸ばして、...やめた。人様の家でそれはまずいだろうよ。 リモコンでテレビを点けてみるも時間帯が時間帯なだけに特に興味を惹くような番組はなかった。 台所でが鼻歌まじりにフライパンを振るっている姿がちらりと見える、 制服にエプロンってどうなんだとまた一人悶々として、なるべく少女を見ないようにと、 見たくも無いテレビ番組に視線を釘付けながらただただ時間だけが過ぎるのを待った。





「......ひよこ」


目の前に置かれたそれは確かにひよこだった。違う、語弊がないように一言加えるとするなら 料理がひよこなわけではない。料理の具材は至極普通、寧ろかなり美味そうである。 静雄が言う「ひよこ」とは彼の使う黄色い茶碗、その周りにふてぶてしく印刷されたそれのことだった。


「昨日買ったんですよ、静雄さん用のお茶碗とお箸ですー」
「見りゃ解るが...またなんで、」
「なんか静雄さんに似てるなって。思いません?」


言われてみればひよこにしておくにはかなり目付きの悪い、ふてぶてしい印象を与えるひよこではあったが、 それを差し引いたとしてもあまりに滑稽だ。世界広しと言えど自分をひよこに喩えるような人間など 彼女くらいしかいないだろう。「黄色いし、ちょっと目付き悪いけど可愛いし...そっくりですよ、その子と」 と言われたことを今度セルティに話してみようか、親しい友人が呆気に取られる 顔が(彼女に顔はないのだが、)目に見えて静雄は喉を鳴らしてくつくつと笑った。


「...気に入りませんか?」
「いいや。...大事に使う」


静雄は拝むようにして頭の上で手を合わせた。 それに習っても胸の前で手を合わせる。




「いただきます、」


その言葉を誰かと言えることは幸せだ。(勿論料理は格別に美味かった)